ESG研究所PRI in Person 2023参加報告 
圧巻は首相の基調講演

ESG研究所

国連の責任投資原則(PRI)の年次カンファレンス「PRI in Person 2023」が10月3日から5日まで東京で開催された。今回が15回目で、日本での開催は初めて。内外からESG投資関係者が集まり、最新情報を共有し、意見交換した。

3日間に4つのプレナリー(全体会)、3つの基調講演、1つの基調インタビューのほか、分科会29セッションが開催された。PRI事務局の発表によると、初日は42カ国、700以上の組織から1300人以上が参加した。

♪We Can Change The World~ オープニングに国連の「SDGs(持続可能な開発目標)のためのヤングリーダー」を務めたシンガーソングライター、AY・ヤングさんが登場。歌唱を披露して会場を盛り上げた。

会場内の展示には随所に「Moving from commitment to action(誓約から行動へ)」というカンファレンスのテーマが掲げられた。パネル討論や分科会は責任ある投資家が直面する課題を解決し、機会を活かす実務面に重点が置かれた。

日本生命保険の清水博社長がオープニングの挨拶で語った「Together, let’s be future makers(ともに未来の作り手になろう)」というスローガンを複数の登壇者が引用した。日本生命のブースにも掲示され、印象に残った言葉だ。

 

■首相、公的年金7基金のPRI署名を表明

圧巻は、岸田文雄首相による初日の基調講演だ。「代表的な公的年金基金7基金、90兆円規模が新たにPRIの署名に向けた作業を進める」と表明した。「公的年金基金がサステナブルファイナンスへの取り組みを強化し、その流れを市場全体に波及することを目指す」と趣旨を説明し、満座の拍手を浴びた。

公的年金で最大の資産規模を持つ年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2015年にPRIに署名し、国内でESG投資を加速させるきっかけになった。アセットオーナーの署名機関が増え、欧米の先行事例を共有したり、それに倣って国内で活動したりしていけば、ESG投資の深化につながる可能性があるだろう。

 

■「アジアGXコンソーシアム」を来年前半に設立

岸田首相は今年から来年前半にかけての様々な取り組みについても語った。その1つは、アジア諸国を含めた世界のネット・ゼロ実現に貢献するための「アジアGXコンソーシアム」の設立だ。

これらの取り組みは首相が提唱する「新しい資本主義」のエッセンスと言える。ESG投資に政府の関与が期待されているだけに、首相からのメッセージが世界の投資家に発信された意義は大きい。

岸田首相の主な発言内容は以下の通り。

  • GX(グリーントランスフォーメーション)やESGの推進に向け、金融庁に「サステナビリティ投資商品の充実に向けたダイアログ」を年内に設置
  • GFANZ(グラスゴー金融同盟)日本支部とも連携し、官民でアジアのGX投資を進める「アジアGXコンソーシアム」を来年前半に設立
  • インパクト投資に関する官民共同のコンソーシアムを本年中に設立
  • 「資産運用立国の実現に向けた政策プラン」を年内に策定

 

■PRI、移行に関する報告書、自然協働イニシアチブ発表

PRIは年次カンファレンス開催にあわせて「経済移行のための投資」という報告書を発表した。持続可能で公正な経済移行とは何かを明確にし、そのような移行を進める政府を支援するための枠組みを提示した。

また、PRIは生物多様性の喪失を食い止めるため、自然に関する協働スチュワードシップイニシアチブ「スプリング」を始めると発表した。第一段階では森林破壊と土地劣化を食い止め、回復させることに焦点を当てる。企業に対して方針の策定やリスク管理、サプライチェーンの管理、政策的関与などの期待を表明した。

以下、プレナリーの討議や講演から興味深いと感じた内容について紹介したい。

 

■米インフレ抑制法に高い評価

初日の「公正な経済への移行」の討議で印象的だったのは、米国で気候変動対策やエネルギー安全保障などを目的に2022年8月に成立したインフレ抑制法(Inflation Reduction Act, IRA)に対する高い評価だ。

今年8月に米国のホワイトハウスが公表した資料によると、民間部門はこの1年間に、電気自動車(EV)サプライチェーンへの700億ドル以上、太陽光発電製造への100億ドル以上を含む、1100億ドル以上の新たなクリーンエネルギー製造投資を発表した。インフレ抑制法が署名されて以来、クリーンエネルギーと気候変動への投資は17万人以上の雇用を創出した。

IRAについて登壇者から「必要な変化を政府主導で実施している好事例」「(グローバルな視点から)1つの模範になっている」「巨額の投資や質の高い仕事を生み出しており、これまで取り残されていた米労働者にとって重要だ」といった声が聞かれた。

政府が主導した戦略や目標に対し、様々なステークホルダー(利害関係者)が関与し、労働者や地域社会を取り残さない形で合意にこぎつけるかどうかが「公正な移行」のポイントと言えそうだ。

 

■ESG批判「人々が移行で座礁」

2日目に行われた「ESG批判を理解する」の討議では、まずESG批判には「建設的なもの」と「活動を積極的に阻止しようとするもの」があるという分類から始まった。後者の例として、米国の複数の州で、ESG要素を投資判断に使用するのを制限したりする法案が通過した事例が取り上げられた。

背景として、脱炭素経済への移行に伴って化石燃料関連の設備が「座礁資産(市場や社会環境の変化で価値が大幅に損なわれる資産)」になるだけでなく、関連企業に従事する人々も移行で座礁してしまいかねないことが指摘された。

移行計画や方針の策定段階から実践的になるにつれ、「座礁する労働者」への配慮が大きな課題になってきているようだ。みんなが都合よくリスキリング(学び直し)できるのか。誰一人取り残さないために何をすべきか考えさせられた。

ESG批判には「財務上の見地」と「(ESGが重視する)価値に基づいた見地」のうち、財務上のリターンを重視すべきだというものもあるが、「人々の座礁」への対策の方が重いと言えるだろう。

 

■企業と投資家のギャップを埋める対話

初日の「基調インタビュー」では投資家と企業のエンゲージメント(対話)の一端が明かされた。日産自動車チーフサステナビリティオフィサーで専務執行役員の田川丈二氏が「バッテリーの再利用」の例を挙げた。電気自動車「日産リーフ」の再生バッテリーを利用し、開発したポータブル電源などのことだとみられる。

田川氏はバッテリーの再利用はコアの事業ではなく当面は大きな利益につながるわけではないものの、人道的観点から優れていると説明した。財務上の見地より価値を重視する取り組みの事例と言えよう。こうした企業の意図を投資家に説明し、両者の考えの差を埋めるのが対話だ。

りそなアセットマネジメントのチーフ・サステナビリティ・オフィサーで常務執行役員の松原稔氏は企業と投資家の間で時間、価値、文化の3つのギャップがあると指摘。対話によってそれを縮小するのが第一段階で、第二段階は企業の行動を「投資家としてどうサポートしていくのかが重要」との考えを示した。

 

■独自基準、世界から投資を呼び込めるかが鍵

初日の最後に行われた全体会「アジアとその他地域の政策情勢」は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が今年6月に最終確定した「サステナビリティ開示基準」について討議された。同基準は世界共通の包括的な枠組み(グローバルベースライン)となり、「アルファベットスープ」と呼ばれる開示基準乱立の解消に向けて前進した。

ISSB基準は各国がローカル基準開発にあたって追加要求事項を定めることが想定されている。日本政府はISSB基準を支持しており、日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)がISSB基準に基づいて独自基準を開発し、2024年3月までに草案を公表し、25年3月までに最終決定する見通しだ。

ローカル基準策定にあたって重要な点は国際的な基準とのインターオペラビリティ―(相互運用可能性)の確保だ。世界から投資を呼び込むためには開示基準の統一がポイントになるからだ。地域の多様性や文化に配慮しつつも、グローバル基準という共通の土台に沿った国内基準が求められることになりそうだ。

 

■気候リスクと自然リスクの優先付けに変化も

2日目の「気候と自然資本」の討議では、今年9月に最終提言が公表された「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」枠組みについてTNFDエグゼクティブ・ディレクターのトニー・ゴールドナー氏が説明した。

ゴールドナー氏は、TNFD枠組みの開発に幅広い組織が参加し、自然に関するデータがないという認識が変わってきたと指摘。気候関連リスクより森林破壊などの自然関連リスクの額の方が大きいことが理解されると、優先付けも変わってくるとの見通しを示した。

また、TNFDは開示推奨項目と評価ガイダンスから成り、開示推奨項目は気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言の情報開示フレームワークに基づいて開発し、自然にとって重要な開示推奨項目を3つ追加したと解説。「すでにTCFD提言に沿って開示している企業は(TNFD開示を始めるうえで)非常に良いポジションにある」との見解を示した。

経済産業省のウェブサイトによると、日本ではTCFD賛同組織数が2023年6月15日時点で1344と世界全体の約3割を占める。東京証券取引所のプライム上場企業は企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)でTCFD提言か、それと同等の枠組みに基づく開示が求められている。環境情報開示の評価を手掛ける英CDPの気候変動、森林、水の分野で最高評価のAリスト企業も多い。こうした蓄積が日本企業の強みになり、自然関連開示でもグローバルな投資家から評価を得ることが期待される。

 

■グローバルな人材獲得の争い

最終日の基調講演にグローバルストラテジストのパラグ・カンナ氏が登壇した。カンナ氏は、人間は経済機会を求めたり、政治的な迫害を避けたりという理由に加え、気候ストレスを避けるために国境を越えて移動するという論点を提起した。

カンナ氏は、人口減少社会では税収や労働力を確保するために人々の結集が求められており、移住は「大きな機会」で、すでにグローバルな「人材獲得の戦いになっている」と主張した。「国は移民を秩序だって確保することが必要になってくる」との見方を示した。

そのうえで、「移民を経済的な将来を作るための財産と認識し、スキル向上のために投資していかなければならない」と述べた。世界人口の中心的な存在であるアジアの独身で子供も家も持たない若者がどこに向かうのかが焦点という。

カンナ氏の主張を日本に当てはめると、少子高齢化が進んで労働力不足に直面しているだけに、外国人労働者から選ばれる国になるために何をすべきか考える必要がある。多様性はイノベーションの源でもある。国も企業も内外の人材から「働きたい」と選ばれ続けられるかどうかが成長の鍵を握る。それは世界の投資家からの資本を呼び込むうえでも重要なポイントになるだろう。

最後にPRIの最高経営責任者(CEO)のデビッド・アトキン氏が挨拶し、次回「PRI in Person 2024」はカナダのトロントで2024年10月8~10日に開催されることが発表されて閉幕した。

 

PRIとは
2006年に持続可能な国際金融システムの実現を目的に発足した。投資分析と意思決定のプロセスにESGの課題を組み込むことなど、6つの責任投資原則を定めている。署名機関はアセットオーナー、インベストメントマネジャー、サービスプロバイダー合わせて23年7月末時点で5384組織(うち日本は124組織)にのぼる。株式会社QUICKは13年10月にPRIに署名しており、「PRI in Person 2023」にブロンズスポンサーとして協賛した。

 

(QUICK ESG研究所 遠藤大義)